2025/06/07

アニメ『Sonny Boy』を観た。

 『Sonny Boy』を観た。

静かで、不親切で、誰も肯定してくれない物語だった。

だからこそ、深く沈んで、心に残った。

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主人公たちは異世界を旅して、特別な力を手に入れて、しかし戻った世界には何ひとつ持ち帰れなかった。

誰も見ていない。誰も知らない。

その経験は、本人の中にしか残らない。

ご褒美がない漂流記のような話だ。


主題歌で「ここにいてもいいから」と歌われながら、物語の中でそれが与えられることはなかった。

誰かが肩を抱いて、「君の経験は意味がある」と言ってくれる場面もない。

ただ、孤独のなかに立ち尽くして、それでも自分で歩き出すしかない。


それはまるで、ひきこもりの“あと”のようだった。

支援の世界では、「意味づけ」がよく語られる。

なぜそうなったのか。何を経て、どう立ち直ったのか

理路整然とした“語り”がそこにある。

けれど、そう語れる人ばかりではない。

むしろ、語らないまま、語れないまま、静かに生きている人の方が多いのではないか。

意味づけは、求められれば暴力にもなる。


ぼくは、語らず、語れず、整理せず、ただ抱えて生きていく人たちのことを思う。

あの時間を説明することはできない。

うまくまとめることも、誰かにうなずいてもらうこともない。

それでも、確かにそこを通ってきたという事実だけは、自分だけが知っている。


その記憶と痛みは、証明されることなく、賞賛されることもなく、

ただ、静かに体の奥に残っている。


意味を持たないままにあること。

しかたがない。


『Sonny Boy』のラストで、瑞穂は長良に寄り添わない。

なぐさめもしない。ただ、見ているだけだ。

それは冷たさではなく、信頼だったのかもしれない。

「わかるよ」と言わないことで、

「あなたはあなたで歩ける」と示しているように見えた。


ひきこもりからの“あと”を、誰かに理解されなくても、

慰められなくても、

そのまま背負って、ただ生きていくこと。

それは“回復”とも、“克服”とも、少し違う。

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