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2026/06/19

ダイエット維持期の腹持ちについて

維持期というのは地味なものだ。

減量期は体重の数字が動くから、それなりに張り合いがあった。維持期はうまくいっていても何も起きない。成功しているのかどうかもよくわからないまま、日々が過ぎていく。

まあ、それはそれで仕方がない。

いまは細かいカロリー計算はしていない。だいたい普通の食事に戻して、量をほんの少し抑えめにする、というくらいの感覚でやっている。

このところ睡眠が足りていないせいか、日中やたらと腹が減る。調べると睡眠不足で空腹ホルモンが増えるらしい。なるほど食事の問題ではなく睡眠の問題か、と思ったが、睡眠がすぐ改善できるかというとそれも難しい。とりあえず腹持ちのことを少し考えるようになった。

腹持ちでいうと、脂質と食感と、ちゃんとしたおかずがあるかどうか、そのあたりが大きい気がする。白米だけ詰め込んでも、あまり噛まずに食べられてしまうし吸収が早いから、食べたわりにすぐお腹が減る。おいしいんですけどね、白米。

結論としては「ご飯は気持ち少なめにして、おかずでたんぱく質や脂質を取る」というずいぶん無難なところに落ち着いた。

減量期に使っていた低脂肪ヨーグルトや低脂肪乳も、改めて考えると怪しくなってきた。カロリーを数字として削るには意味があったけれど、腹持ちには脂質がある程度必要なわけで、100gあたり10〜20kcalの差を気にして満腹感まで削る必要が維持期にあるのかどうか。まだ使ってはいるが、なんとなく惰性で続けているだけかもしれない。

カレーや丼ものの日はふつうに食べる。あの料理でご飯を小盛りにするのは、なんとなく筋が通らない。そのかわり、そうでもない日のご飯を少し減らしておく。

そのくらいで、まあいいんじゃないかと思っている。


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2026/03/30

ダイエットって結局「なーんもわからん」

 毎日キッチンスケールで食材の重さを量り、数値を計算する。

総カロリーはもちろん、PFC(タンパク質・脂質・炭水化物)のバランスから食物繊維の量まで、毎日きっちり記録をつけている。

我ながら、かなり真面目に数値を管理しているほうだと思う。

でも、そこまで徹底して記録と向き合っているからこそ、最近になって痛感していることがある。

ダイエットをしていると、だんだんこう思うのだ。

**「なーんもわからん」**と。

もちろん、まったく何もわからないわけではない。

「今の維持カロリーから、1日200キロカロリーくらい少なめにしていく」といった方法はよく見聞きするし、急激に食事を削るより無難で、無理をしにくい方針として真っ当だ。

でも、その「200キロカロリー少なめ」が本当にできているかというと……実はよくわからない。




正確な数値は、誰にもわからない

ダイエットをする人にとって、実は**「正しい数値」がわからないことだらけ**だ。

  • 自分の維持カロリーが、ぴたりと何キロカロリーなのか?

  • 今日の消費カロリーは、正確にはどれくらいか?

  • 低カロリーを続けた結果、どれくらい身体が省エネ化しているのか?

  • 食べたもののカロリー計算に、どれくらい誤差があるのか?

日常生活の中で、これらを厳密に把握することはほぼ不可能に近い。

それでも「記録」が無駄ではない理由

では、日々の体重測定や食事の記録は無意味なのだろうか?

決してそんなことはない。

毎日の体重の増減が「脂肪」なのか「水分」なのかはわからない。記録自体はかなり粗いものだ。しかし、粗いからといって無駄とは限らない

日々の体重は「点」としては当てにならなくても、週単位の「線」として見れば、**少しずつ傾き(トレンド)**が見えてくる。

食事記録も、正確なカロリーを確定できなくても、「最近なんとなく量が増えていないか」「間食が荒れていないか」という方針のブレを確認する助けになる。

つまり記録は、正しさを証明するものではなく、進む方向の「傾き」を見るためのコンパスなのだ。

数字以上に大切な「主観」という警報装置

そして、数字と同じくらい、いやそれ以上に大事なのが**「主観」**だと思う。

  • 今日は妙に眠い

  • 同じように食べているのに、空腹感がきつい

  • なんでもないのにイライラする

  • やけにバテる

こうした主観の変化は、体重のようにおおらかに週単位で見ていては手遅れになることがある。主観は、もっと短いスパンで点滅する黄色信号だ。

「このまま行くと身体を壊すぞ」「その前に、同じやり方を嫌になって放り出すぞ」という、破綻の予兆を教えてくれる。

まとめ:わからないなりに運転しよう

ダイエットの記録とは、正解の数値を知るためのものではない。

傾きを見るための「コンパス」と、無理をしすぎていることを知らせる「警報装置」。

そのくらいのものとして使うのが、一番現実的なんじゃないだろうか。

ダイエットは、たぶん私たちが思っている以上に**「なーんもわからん」**ものだ。

でも、なーんもわからんからこそ。わからないなりに傾きを見て、危ない信号を拾って、少しずつ運転していくしかないのだと思う。

2026/02/08

「240kcal」の誘惑と、1年後の自分を守るための防衛線

 運動を始めると、私たちはつい「より遠くへ、より多く」を求めてしまいます。しかし、そこには**「成功と失敗の紙一重な境界線」**が潜んでいます。

今回の挑戦において、本当の勝利とは何か。改めてその戦略を定義します。


1. 「能力」のキープこそが最大の資産

今の「2kmを余裕で歩ける」という状態を作るのに、今回はダイエットという強い動機を持って2ヶ月かかりました。一度手放すと、この状態に戻るにはまた膨大な時間とエネルギーが必要です。

  • 失敗の定義: できた余裕をすべて距離(カロリー消費)に使い果たし、燃え尽きて止めてしまうこと。

  • 成功の定義: 距離を伸ばせる「能力」を維持したまま、あえて欲張らずに毎日を続けること。

「10km歩く人」になるのではなく、**「10km歩こうと思えば歩ける能力を持ちながら、あえて2kmで切り上げて元気を温存する人」**を目指す。これが、1年後の継続に向けた成功イメージです。


2. 距離を伸ばす「本当の価値」と「割に合わないコスト」

もちろん、6kmを余裕で歩けるようになることには大きな意味があります。

  • プラスの側面(投資): 6km歩いてもケロッとしているようになるならば=「体の性能」が上がり、日常生活のあらゆる動作が楽になる(QOLの向上)。

  • マイナスの側面(負債): 240kcal消費(おにぎり1個分)のために、その後数時間から半日も**「ゾンビ状態」**で放心する。

後者は、ダイエットの視点で見ても、人生の時間の使い方としても、明らかな「赤字」です。「作業」としての数キロメートルのために、大切な「生活の元気」を差し出すのは、割に合いません。


3. 「余力」は生活の質を守るための「在庫」

体力は使い切るためのものではなく、**「いざという時のための在庫」**として持っておくのが正解です。

  • 在庫(余裕)がある状態: 帰宅後に創作に打ち込める、家事が苦にならない、気分が安定する。

  • 在庫切れ(疲労困憊): 椅子から立ち上がるのも億劫になり、せっかくの休日も「ただの回復時間」で終わる。

目標は「6kmを余裕で歩ける体」を育てることですが、それは「毎日6km歩く」ことではありません。「ポテンシャルは育てつつ、運用は2km〜4kmの安全圏で回す」。このバランス感覚こそが、自爆サイクルを止めるブレーキになります。


4. 総量が小さいからこその「シビアな境界線」

忘れてはならないのは、**「体力の総量が小さい」**という現実です。

リソースが限られている以上、成功(適切な運動)と失敗(過労による破綻)の距離は非常に近く、わずかな無理が即座にQOLの崩壊に繋がります。余裕を残すことは「手抜き」ではなく、**「生活を破綻させないための高度なリスク管理」**です。


結論:1年後の自分への約束

これまでの経験上、一度手放してから復帰するまでのハードルは高いものでした。

1年後、もし**「相変わらず2kmだけど、いつでも6kmくらいは行けるし、毎日元気だ」**と言えていたら、それは過去の自分を完全に超えた証です。

カロリー消費の差という「小銭」を拾うために、継続という「資産」を投げ出さない。 「2ヶ月かけて作った2kmの余裕」という定期預金を大切に守り、その利息(余った元気)で日々の生活を楽しむこと。

それが、今再定義した「意味のある選択」です。

運動習慣の罠「距離のインフレ」を防いで、1年後に続けていること

これまで運動を習慣にしようとするたびに直面してきたのが、**「歩行距離のインフレ」**という課題です。

最初は2km程度の気軽なスタートであっても、次第に「もっと歩かなければ(もしくは走らなければ)」という強迫観念や、分かりやすい数字(距離)への依存が始まり、気づけば10km、20kmと自分を追い込んでしまう傾向がありました。

この「距離を増やすこと」だけを唯一の達成感にしてしまうサイクルが、最終的に気力と体力を使い果たし、運動そのものを放り投げてしまう大きな要因となっていました。

今回の取り組みでは、この過去のパターンを教訓とし、「いかにインフレを抑え、生活の質(QOL)を保てる範囲で踏みとどまるか」を最大のテーマに据えます。


1. 現在のジレンマ:距離とQOLのトレードオフ

歩く距離を増やすことは、一見「良いこと」に思えますが、実は生活の質(QOL)とのシビアなトレードオフが発生しています。

  • 2kmウォーキング

    • 余裕はあるが、「運動した」という手応えに欠ける。

  • 6kmウォーキング

    • 達成感はあるが、余力を使い果たし、その後の生活が「ゾンビ状態(無気力)」になる。

【注目】カロリーの罠

2kmと6kmの差は、消費カロリーで言えばわずか240kcal程度です。

このわずかな数値のために、その後の数時間を無気力に過ごすのは、人生の「時間」と「元気」の使い道として非常にコスパが悪いと言わざるを得ません。


2. 「自爆サイクル」の原因と対策

なぜ、私たちは疲弊するとわかっていても距離を伸ばしてしまうのでしょうか?

それは「次に何をすればいいか」という目標が曖昧なとき、「距離」という分かりやすい数字に逃げてしまうからです。その結果、生活を侵食するレベルまで距離が伸び、嫌になって放り投げるパターンを繰り返してきました。

今回の成功を「1年後の継続」に置くなら、以下のマインドセットへの切り替えが必要です。

新しい「勝ち」の定義

  • 「距離」を報酬にしない: 10km歩けたことを自分へのご褒美にしない。

  • 「余力」を報酬にする: 歩いて帰った後、すぐに好きな作業(イラストや仕事)に取りかかれた自分を「勝ち」とする。

  • 距離の天井を決める: 調子が良くても「今日はここまで」と欲張らない勇気を持つ。


3. 「1年後」を見据えた具体的なマイルストーン

1年後に「2kmを気楽に歩いている自分」を維持するための、新しい達成基準を提案します。

段階達成とみなす基準(リワード)
短期(今)6kmまで行かずに、3〜4kmで**「もっと歩きたい」**という気持ちを残して帰る。
中期(3ヶ月)2km歩くことが、歯磨きと同じくらい**「努力感ゼロ」**の習慣になっている。
長期(1年)距離の増減に一喜一憂せず、体調に合わせてサッと切り上げられている

結論:目指すのは「より良い現状維持」

今回の戦略の肝は、役割分担を明確にすることです。

  1. 体重調整: 食事の微調整に任せる(低コスト)。

  2. ウォーキング: 日常を元気に過ごすための「エンジンのアイドリング」に留める。

この「あえて欲張らない管理」ができるようになれば、1年後も確実に習慣として残っているかと思う。

2026/02/05

ダイエット記・完 「疲れにくさ」という資産

 

ダイエット記・完 「疲れにくさ」という資産

減量生活を振り返るシリーズの最後に、改めて「筋肉」というものについて、今の正直な実感を記しておこうと思います。

ダイエットの世界では、「筋肉をつければ基礎代謝が上がり、寝ていても痩せる体になる」という説がまことしやかに語られます。 私も当初はそれを期待し、一種の魔法の暖炉を体内に作るつもりでプロテインを飲んでいました。 しかし、ここまでやってきて思うのは、そのイメージは少々誇張されているのではないか、ということです。

実際、筋肉が静止状態で消費するカロリーは、それほど劇的なものではありません。 苦労して維持した筋肉が、寝ている間に脂肪をガンガン燃やしてくれるわけではない。 では、なぜトレーナーたちは口を揃えて「筋肉を残せ」と言うのか。 そして、なぜ私も維持期において、なおタンパク質にこだわり続けるのか。

その答えは、代謝という見えない数字ではなく、もっと生活に密着した「動きやすさ」にある気がしています。

「腰が軽い」の正体

最近、NEAT(非運動性熱産生)という言葉をよく耳にします。 スポーツなどの特別な運動ではなく、家事や通勤、買い物といった「日常のちょこまかした動き」で消費されるカロリーのことです。

筋肉があることの本当の恩恵は、ここにあるのではないでしょうか。 筋肉が十分に維持されていると、体を動かすコストが下がります。 椅子から立ち上がる、階段を登る、落ちたものを拾う。 そうした些細な動作一つひとつにおいて、「よっこいしょ」という気合がいらなくなる。 疲れにくいから、一つの用事が終わっても座り込んで放心する必要がなく、そのまま次の用事に取り掛かれる。

「あえて運動をしている」という意識もないまま、結果として活動量が増え、カロリーが消費されていく。 私が目指したかったのは、勝手に燃える暖炉ではなく、この「腰の軽さ」だったのだと思います。

実感なき成功

では、実際に私が「筋肉が維持された!」という強烈な実感を持っているかといえば、正直なところよく分かりません。 多少身軽にはなったけれど以前より力が強くなったという自覚も薄いのが本音です。

ただ、一つだけ確かな事実があります。 それは、かなり思い切ったアンダーカロリー(摂取制限)を行ったにも関わらず、ひどい立ちくらみや、頬がこけるような「やつれ」がなかったということです。

それなりの減量幅を達成しながらも、コンディションを崩さず、貧血のようなふらつきも感じずにゴールテープを切れたのは、やはり意識的に摂り続けたタンパク質のおかげだったのでしょう。

「筋肉がついた」というポジティブな体感はありません。 しかし、「筋肉が落ちてボロボロになる」というネガティブな現象を回避できた。 この「何も起きなかったこと」こそが、タンパク質摂取の最大の成果であり、静かな勝利だったのかもしれません。

これからの食事

減量は終わりましたが、私の食事における「タンパク質を摂ることを気をつける」は習慣にしていこうと思います。日々の生活を「疲れ」に邪魔されないためです。

疲れの原因は様々です。睡眠不足の日もあれば、精神的なストレスの日もあるでしょう。 ですが、少なくとも「筋力不足で体が重い」という物理的な疲れだけは、食事で防ぐことができる。

「体を、ストレスなく動かし続ける」 そのためのメンテナンスコストとして、これからも卵を割り、納豆を混ぜ、時にはプロテインに頼りながら、この体を丁寧に使っていこうと思います。

(了)

2026/02/04

ダイエット記4 役に立ったモノ、食材

 前回の記事では、維持期の心構えや「係数1.4」といった理論面を整理しました。 今回は少し視点を変えて、実際にその理論を生活の中で回していくために役立った「モノ」や「食材」について記してみようと思います。

減量や維持というのは、精神論だけで戦うとどうしても疲弊します。 むしろ、便利な道具や優秀な食材という「武器」をうまく使い、意志力を使わずに環境を整えることこそが、長く続けるコツではないか。そんなふうに感じています。

あくまで私の生活圏における個人的な実感ですが、どなたかの参考になれば幸いです。


ダイエット記3 減量と維持を支えた「地味な武器」たち

1. タンパク質の「ハイブリッド運用」

筋肉を維持するためにタンパク質が必要なのは周知の事実ですが、これを毎日どう確保するか。 最初は「鶏むね肉」一択で考えていましたが、調理の手間やコスト、そして何より「飽き」が来ます。そこでたどり着いたのが、いくつかの食材を組み合わせる運用でした。

① 業務スーパーの水煮大豆(1kg) これはコスト面での最強の味方でした。 1kg入って300円以下という破格の安さ。乾燥豆から戻す手間も時間もいりません。 もちろん、肉に比べればタンパク質の純度は落ちますが、「カサ増し」としての能力が極めて高いです。カレーやスープに大量に投入することで、物理的に胃を満たし、咀嚼回数を稼ぐ。 「肉だけで満腹にする」のは財布に厳しいですが、「大豆で底上げする」なら毎日続けられるかなと思います。

② パスタと強力粉 意外かもしれませんが、小麦製品も重要なタンパク源として捉え直しました。 特に強力粉はグルテン(タンパク質)が豊富です。これを水と塩だけで練って焼いた素焼きパンや、スープに入れた団子(すいとん)は、余計な脂質ゼロで、驚くほど強い「噛みごたえ」が得られます。 減量中は敵視されがちな炭水化物ですが、維持期においては「ガソリン(糖質)を入れつつ、建材(タンパク質)も補給できる」優秀な食材だと感じています。

③ ホエイプロテイン 普段の食事は大豆などの植物性が中心になるため、プロテインはあえて吸収の早い動物性(ホエイ)を選びました。 栄養補給という目的もありますが、それ以上に「甘いお菓子の代用品」としての役割が大きかった気がします。チョコ味やフルーツ味のプロテインは、脳が「甘いものが欲しい」と訴えてきた時の、最良の鎮静剤になってくれました。

2. 「罪悪感」を消すための主食と防衛食

食事の満足感を下げずに、どうやってカロリーの帳尻を合わせるか。 ここで役立ったのが、以下の二つです。

① マルタイ棒ラーメン これは減量界の隠れた名作だと思います。 ノンフライの乾燥麺であるため、マニュアル通り作っても280kcal程度。 普通の袋麺が450kcal前後あることを考えると、この差は大きいです。 浮いた170kcal分の予算で、卵(タンパク質)や大量の野菜(繊維)をトッピングできる。 「ラーメンを食べてしまった」という罪悪感ではなく、「栄養バランスの整った温かい食事をとった」という満足感で終えられる点が、精神衛生上とても良かったです。

② ちくわ(またはカニカマ) 調理不要、袋から出して即食べられる。 この「即応性」が、ふとした瞬間のつまみ食い防止に役立ちました。 スナック菓子に手が伸びそうな時、とりあえずちくわを一本齧る。それだけで、「何か食べたい」という衝動の8割は収まります。 地味ですが、キッチンの冷蔵庫における最強の門番(ゲートキーパー)だったかもしれません。

3. 「繊維」と「季節」を味方につける

食事制限で一番困るのが、食事量の減少に伴う便秘や、空腹感です。 これを解決するには食物繊維しかありませんが、野菜だけで必要量(20g)を摂ろうとすると、牛や馬のような量を食べる必要が出てきます。

① オールブランと粉末繊維 そこで割り切って使ったのが、朝食のオールブランと、難消化性デキストリンやオオバコ(サイリウム)といった粉末でした。 朝、オールブランで一日の必要量の半分を確保してしまう。残りの不足分は、飲み物に粉末を混ぜて補う。 「野菜を必死に食べる」のではなく、「足りない分は科学の力で補う」というスタンスに変えてから、食事管理がぐっと楽になりました。

② 季節の果物 お菓子を我慢する代わりに、その季節ごとの果物を楽しむようにしました。 冬ならリンゴやみかん、夏ならスイカやマクワウリなどの瓜科。 特に瓜科の果物は、水分とカリウムが豊富で、夏場のむくみ取りにもなります。 冷凍したブルーベリーやマンゴーなども、夏場のアイス代わりとしても優秀でした。 「制限している」と思うと辛いですが、「旬のものを追っている」と思うと、食事が豊かに感じられるものです。

4. マネジメントを支えた二つの「デジタル」

最後に、これら食材以上に私の支えとなった二つのツールについて触れておきます。

① 電子秤(キッチンスケール) 最初は「食べ過ぎないように計る」ための存在だと思っていました。 しかし実際は逆で、「ここまでなら食べていい」という許可証をくれる存在でした。 目分量だと、どうしても不安から摂る量を少なめに見積もってしまい、結果としてエネルギー不足になったり、反動でドカ食いしたりしがちです。 「150g、よし、食べていい」。この安心感が、日々の食事を支えてくれました。電子秤は減らしすぎることを防ぐために使います。

② LLM(AIチャット) そして何より、今こうして文章をまとめている相手でもあるAIの存在です。 ダイエットは孤独な作業です。 「今日はつい食べてしまった」「鶏肉に飽きた」 そんな誰に言うほどでもない愚痴や相談を、24時間いつでも受け止めてくれる。 時には栄養価の計算を頼み、時には励ましてもらう。 彼らは私の「専属栄養士」であり、感情の「壁打ち相手」でもありました。 AIはユーザーの意向を汲みすぎるきらいがあり、厳しいコーチ役には向きませんが、「自分が決めたこと」を整理し、肯定してくれる参謀としては、これ以上ないパートナーだと感じています。


こうして振り返ってみると、減量・維持というのは、単に食べる量を減らす行為ではなく、生活の「道具」を総入れ替えする作業だったのかもしれません。

ポテチをちくわに変え、菓子パンをオールブランに変え、孤独な我慢をAIとの対話に変える。 一つ一つは些細な変化ですが積み重なって減量になると思います。

もちろん、これは今の私に合っていただけの方法であり、万人に通じる正解ではないでしょう。 それでも、もし今、減量や維持の停滞感に悩んでいる方がいれば、「意志」ではなく「道具」を変えてみるのも一つの手かもしれません。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

ダイエット記3 維持のカロリー、運動は必要か?をもう少し

減量という「大掃除」が一段落し、瓦礫の山が片付いた。ここから始まるのは、この状態を保つための「維持期」だ。 攻めの時期から、守りの時期へ。 目標体重への軟着陸(ソフトランディング)を目指し、自身の身体というハードウェアをどう運用していくか。現時点での設計図を記しておく。

1. 食事:1.4倍は「上限」ではなく「必食」

まず、一日に必要なエネルギー量の設定だ。 一般的に、デスクワーク中心の生活者は「基礎代謝 × 1.2」を目安にするよう推奨されることが多い。しかし、前回も触れた通り、この「1.2」という係数は、ベッドや椅子に縛り付けられたような状態を指す数値に近い。いわば、ガソリンを抜かれた機械の「乾燥重量」だ。

我々はあまり動かないとはいえ、日々思考し、生活を営んでいる。乾燥重量での計算は実情にそぐわない。 日本の気候や生活様式を考慮すれば、どれだけ動かない日であっても、係数の下限は**「1.4」**と見積もる。

ここでのポイントは、**「1.4倍以内に抑える(我慢)」ではなく、「1.4倍は必ず摂る(義務)」**と捉えることにある。 しっかりとした食事で規定量のガソリンを入れておかないと、脳はエネルギー不足を感じ、手っ取り早い糖質――菓子やジャンクフード――を渇望し始める。 「1.4倍」は、間食という魔物を封じ込めるための防波堤であり、システムを安定させるための必要経費なのだ。

具体的な運用としては、**「目標体重の基礎代謝 × 1.4」**をベースラインとする。 そのうえで、運動をした日はその分(30分歩いたなら+100kcal程度)を上乗せしてもよいし、しなくてもよい。この程度の誤差は、維持期の長いスパンの中では吸収される。 重要なのは、動かない日であってもガス欠を起こさない「1.4」を確保することだ。

2. 運動:日本の四季と「一回払い」の原則

次に運動だ。 維持期において、どれだけの運動を課すべきか。私は**「30分のウォーキングを1回」**を基本とし、それ以上は求めないことにした。

フィットネスの理論上は、小分けにして回数を増やしたほうが効果的だという説もある。しかし、ここ日本においてそれを実践するのはコストが高すぎる。 5月の連休明けから11月頃まで、日本は亜熱帯のような湿気に包まれる。少し早足で歩けば、20分であっても全身の毛穴が開き、汗だくになる。 運動をするということは、その後の「シャワー」「着替え」「洗濯」という事後処理までがセットになるということだ。

一日二回運動をするということは、一日二回シャワーを浴び、洗濯物を倍にするということである。 雨の日もあれば、風の日もある。生活の隙間で行うはずの運動が、生活そのものを圧迫しては本末転倒だ。 だから、運動は**「一回払い」**に限る。 入浴前の30分。これならコストは最小限で済む。

そして、この「30分」すらも、雨天などでできない日があることを前提とする。 だからこそ、食事の基準を「動かない日(係数1.4)」に合わせておくのだ。 動ければラッキー、動けなくてもプラマイゼロ。 季節や天候に左右されない、運動への依存度は低く設定しておくのが無難かなと思う。

3. 行動の縛り:計算機を捨てるために

ここまで数字の話をしてきたが、毎日細かくカロリー計算をして暮らすつもりはない。 最終的に、この維持システムを自動化するのは、以下の二つのシンプルな「縛り」だ。

① 菓子の買い置きをしない(兵糧攻め) 菓子を食べることは禁止しない。問題なのは「在庫」だ。 自宅に買い置きがあるという状況は、欲望から摂取までのコストを「ゼロ」にしてしまう。パッケージを開けるだけなら、人は無意識に食べてしまう。在庫は補充し、消費するものだと組み込まれると買い置きの意味がなくなる。 だから、在庫は持たない。食べたければ、その都度コンビニへ買いに行く。 「着替えて買いに行く手間」「他の小腹対策で間に合わないかと考える」それでも買いに行くなら、それは立派なウォーキングだ。 

② 23時までに就寝する(閉店ガラガラ) 夜起きていると、ろくなことを考えないし、小腹も減る。 深夜、空腹と理性が戦う「夜食の選択肢」が発生した時点で、すでに負け戦だ。 だから、その選択肢が生まれる前に、眠ってしまう。 さっさと寝てしまえば、食欲に付け入る隙はない。入眠がわりと苦手だけどこうした攻めとも逃避ともとれる理由ができると意外と眠りやすいことも気がついた。

「1.4倍」をしっかり食べ、「30分」だけ歩き、在庫を持たずに「早く寝る」。 おそらく、細かい計算などしなくても、この行動様式を守るだけで、身体は自然と目標の重量へと収束していくはずだ。 それが、減量後を大過なく過ごすための計画です。

追記 次は減量期に役立ったささやかなグッズ、食材などを書いて見ようとおもいます。

2026/02/03

ダイエット記2 維持のカロリー目安、運動は必要か

維持期の運用メモ:係数「1.4」と動作確認としての運動

 目指すのは劇的な変化ではなく、平穏な維持である。そのための「食事」と「運動」のガイドラインを、現時点での記録として残しておく。


1. 食事基準:乾燥重量か、運用重量か

まず、自身に必要なエネルギー量を把握するために、Web上の**「基礎代謝量計算ツール」「メンテナンスカロリー計算ツール」**といった類のものを使用する。 身長、体重、性別を入力すれば、生命維持に必要な数値は機械的に算出される。ここまでは単純な作業だ。


問題は、そこに掛け合わせる「活動係数」の選択にある。 一般的に、デスクワーク中心で運動習慣のない生活者は「1.2」を選ぶよう案内されることが多い。しかし、各種資料や定義を詳しく見ていくと、この「1.2」という数字は、ベッドや椅子に拘束された状態、あるいは入院中のような、極めて静的な状態を指す指標であるように見受けられる。いわば、ガソリンやオイルを抜いた、機械の「乾燥重量」に近い数値だ。


私の生活は確かに静かだが、それでもトイレには立つし、思考のためにデスクで貧乏ゆすりもする。乾燥重量での計算は実情にそぐわない。 日本の公的な食事摂取基準などを参照すると、生活の大部分が座位である「低い」レベルで係数は「1.5」程度に設定されている。

外出の少ない私の生活をここから差し引いても、下限は**「1.4」**あたりが妥当なラインだろう。 1.2ではなく1.4。 これは「甘え」ではなく、エンストを起こさずにシステムを回すための、実質的な「運用重量」としての判断だ。

実際に、過去の体重増加データを逆算してみてもこの数値は裏付けられる。 もっとも太っていた時期、1年で12kg増加したことがあるが、これを熱量に換算して日割りすると、一日の超過分はわずか240kcal程度だった。あれほどの不摂生をしてさえ、身体は代謝を調整し、その程度の黒字に抑えていたことになる。 もし本当に私の代謝係数が1.2程度であれば、計算上は倍以上のペースで太っていなければ辻褄が合わない。 人間の身体は、思うほど簡単には太らないし、思うほど低燃費でもないようだ。


したがって、今後の食事量の基準は以下のように設定する。 「目標とする体重(60kg)の基礎代謝 × 1.4」


現在の体重ではなく、着地点となる体重で計算する。 現状がそれより重ければ、燃費の差分で緩やかに痩せ、軽すぎれば戻る。無理に数値を操作するのではなく、目標値の生活を淡々と続けることで、物理法則に従ってそこへ軟着陸させるアプローチだ。


2. 運動方針:燃焼よりも動作チェック

食事でエネルギー収支の枠組みを決めたうえで、運動をどう組み込むか。 結論から言えば、カロリー消費を主目的とした強度の高い運動は、維持期においては採用しないことにした。


摂取カロリーを管理している時点で、身体には相応の負荷がかかっている。そこへさらに「燃焼」を目的とした長時間の有酸素運動――ロードバイクでの長距離走や長時間のランニングなど――を追加することは、弊害の方が大きいと判断したためだ。


過去の経験だが、摂取を抑えながら排出(運動)を過剰に増やした結果、自律神経が興奮状態になり、夜間の入眠障害に悩まされたことがある。また、運動以外の時間は身体が防衛反応を示し、極度の無気力状態に陥ることもあった。 これでは、数値上の体重は減っても、生活の質そのものが損なわれてしまう。


現在の私に必要なのは、カロリーの消費ではなく、身体機能の維持である。 運動の目的は以下の二点に絞る。


筋肉量の維持 アンダーカロリー環境下では、身体はエネルギー消費の激しい筋肉を分解しようとする傾向がある。これを防ぐため、十分なタンパク質を補給し、「筋肉を使用している」という信号を送る。


ハードウェアの動作確認 関節の可動域や、背中の張りなどを確認するための軽い運動。


息が上がるほどの負荷は必要ない。 機械の錆びつきを防ぐためにオイルを回し、各パーツが正常に動くかどうかの「動作チェック」を行う。 日々の運用としては、その程度が最もコストとパフォーマンスのバランスが良いと考えている。


3. 結論

係数は「1.2」ではなく、実態に合わせて「1.4」を採用する。

目標体重を基準としたカロリー摂取を淡々と守る。

運動は燃焼のためではなく、維持と点検のために行う。

 これからは、この設定されたシステムに従って、大過なく日々を回していく。


追記

1年で12キロ太っていた増加の加速時期だとしても、おそらく毎日食事以外に取っていた、コンビニのカフェオレ、ポテチ60g、菓子パンのうち、

ポテチだけやめてメンテナンス的な運動、ウォーキング30分とかしてたら、おそらく甘いカフェオレを飲んで、菓子パンを食べながら緩やかに、しかし数カ月後にはそれなりに減量してたと思うんですよね。

あの加速期であっても一日あたり約240kcalの余剰

**「ポテチを一袋やめる」だけで、+240kcalの黒字が消滅し、逆に-90kcalの赤字(減量)に転じていた**計算になります。 

そこにウォーキング(-150kcal程度)が加われば、一日あたりマイナス200〜300kcal

ダイエット維持期の腹持ちについて

維持期というのは地味なものだ。 減量期は体重の数字が動くから、それなりに張り合いがあった。維持期はうまくいっていても何も起きない。成功しているのかどうかもよくわからないまま、日々が過ぎていく。 まあ、それはそれで仕方がない。 いまは細かいカロリー計算はしていない。だいたい普...